Big’s Backyard Ultra World Championship 2020 参戦記

2020年10月東京都高尾で「Big Dog’s Backyard Ultra World Championship」が開催されました。今回はチームJapanの一員として、その大会に参加した参戦記です。

Big Dog’s Backyard Ultra World Championship

Big Dog’s Backyard Ultra World Championshipはバックヤードウルトラの世界選手権として、世界25ヶ国で同時に開催された大会です。日本では10人が参加しました。バックヤードウルトラ自体は個人種目ですが、この大会は国別対抗戦的な意味合いもあり、「どの国が最後まで生き残ることができるか」ということも競っていました。

 

準備

私自身2回目のバックヤードウルトラ(練習を入れたら3回目)。補給食は基本的に固形物としました。ジェルでは飽きます。固形物にすると噛むことで身体に刺激も入ります。また、ジェルが必要なほどガツンとパワーを出すこともありません。飲み物は水を基本として、経口補水パウダーをたまに飲むことを想定しました。
休憩は車になるので、後部座席がフルフラットになり寝ることができる車種を借りて会場入り。サポートは明日香です。

 

戦略

長丁場のレースのため、序盤はグッとこらえてスピードを抑えます。これができないと、10時間を超えたあたりから徐々に足が痛くなりリタイアしてしまうことになります。
また、下りにはより一層の注意を払います。下りが一番足へのダメージが多いためです。
結局、足へのダメージを最小限に抑えて、あとはひたすら堪えることが戦略というか大切なことです。

 

大会内容

スタート~10時間

日本時間2020年10月10日(土)21:00に世界各国同時にスタートしました。各国の選手の状況はリアルタイムにインターネット上に反映されます。しかし、選手はインターネットを見る余裕もないため、状況はわかりません。
スタートは静かなもので、スタートのホイッスルと同時に選手は、ゆっくり走り出します。急いでも意味がない競技なので、他の選手と話しながら走ります。まだまだ序盤、選手全員がそれを心得ているので、私も気負わずゆっくり走りました。8時間で50キロを超えるので、最初の目標はこのあたりになります。
走って、休憩して、そしてまた走る。走っている時間50分、休憩時間10分という割合で進めていきました。

11時間~20時間

12時間で80キロ。まだまだこの時点でリタイアする選手はいません。15時間で100キロを通過。このあたりで走り方による違いから、足を痛める選手が出てきますが、今回は全員2回目なので、まだまだ元気でした。1周50分を基本としますが、たまに48分にしたりして刺激を入れたりしていました。単調すぎて、走っていて飽きてくる感じがします。幸いだったのが、この時間帯が昼だったことです。昼間は眠くなりにくく、周囲の景色も見えるので気分良く走ることができます。

21時間~30時間

24時間で160キロ、100マイルに到達。この大会、大きな目標を持って走ってしまうと、その目標を超えた場合、そのままリタイアする可能性が大きいという面白い特性があります。例えば、24時間を超えたいと思って走っていると、24時間を超えた後、足が痛くなり走れなくなったりします。なので、私は60時間という目標を掲げ、24時間は通過点として乗り越えていきました。実際24時間を超えたあたりからリタイアが続き、29時間スタートの時点で5人(上野選手、野口選手、舘野選手、田中選手、たけぷー)になっていました。30時間で200キロ。このとき深夜3時。まったくの暗闇の中をライトをつけて走っていました。しかし、依然として調子は良好。これはまだまだ行けると内心思っていました。30時間の周回終了後、田中選手がDNF。

突然の終わり

31時間の周回も快調で49分くらいでスタート地点に戻れました。そして32時間の周回。スタート前の休憩は、食事してボーッとしていました。スタートして走りはじめると「足が動かない!!」。さっきまで、快調に動いていた足が、まったく動かなくなり、走れなくなっていました。「なんだ、これは!!」。走り出そうとしますが、5メートルで再び止まる。そうこうしているうちに、他の選手はどんどん先に行ってしまいます。真っ暗な林道で1人ぽつんと、自分の足と戦っていました。走るのをあきらめて歩いて進み、回復を待ちました。今までの周回において11分で通過しているところに18分もかかってしまい、この時点で次のスタートに間に合わない可能性が濃厚。その後も走れず歩いていると、戻って来る選手とすれ違いました。折り返し地点を40分で通過、もう間に合いません。そのまま、歩いて戻っていると、残り1キロの地点で、次の周回に入った選手が2名来ました。上野選手と野口選手です。あれっ?と思いつつ「頑張ってください」と声かけをして、私のバックヤードウルトラは終わりました。そして、スタート地点に戻ると舘野選手がDNFしていました。3時間連続で選手がDNF。バックヤードウルトラは、結構こういったことが多く1人がDNFすると立て続けにDNFする選手が出ます。

その後

バックヤードウルトラはラスト2名になってからが勝負といいます。上野選手と野口選手の戦いはその後12時間続きました。そして42時間の周回終了後に野口選手がDNFを申告し、上野選手の勝利がほぼ確実となりました。ほぼ確実というのは、上野選手が43時間の周回を終えないと勝利にならないためです。万が一にも43時間の周回をできなかった場合は、完走者なしということで大会が終わります。上野選手は最終周もしっかりと走り終え、ガッツポーズとともに日本大会の勝者となりました。またこの時点でチームJapanの記録が確定しました。日本大会はここで終わりですが、他ではまだまだ続いている国があり、最終的には75時間500キロという世界記録が出て、この大会は幕を閉じました。75時間という記録は勝者と一緒に74時間走った猛者がいたということを意味します。

 

所感

60時間を目標にしてスタートした私のバックヤードウルトラ。終始調子は良く、足も痛むことはほぼありませんでした。しかし、32時間の周回で足が止まり、そのまま終了。その後、敗因をいろいろ考えましたが、1つに足のケア不足があったかと思っています。それは、マッサージ。他の選手は、足の筋肉が固まらないように、毎周回足をマッサージしていました。私もたまにしていたのですが、32時間の周回前はしていませんでした。時間は深夜3時、気温もグッと下がっていたため足の筋肉が固まってしまい、うまく走れなくなりました。足が動かなくなったことで、気持ちも落ちこみ、そのままDNFへ突き進んでしまいました。「絶対にやめない!!」という強い気持ちが必要ですね。

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